【地震と防災】私が東日本大震災で被災した時の体験談 と プレゼントには防災ラジオを贈っている話

こんにちは、山ごはん屋いーぬいです!

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今回は山ごはんの話…ではなく、東日本大震災で私が被災した時の話をします。いつもは山ごはんメインの内容なので今回は趣向が違うのですが、このブログもそこそこ成長し人目に付くことも多くなったので、人様の役に立ちそうな話はしてもよいのかなと思いまして…。
 
このブログがきっかけで、災害時の誰かの一助になればいいなと思っています。また初めに断っておきますが、私は普通の登山好きなサラリーマンですので、防災のプロではありません。この記事でお話していることはあくまで参考程度にお願いします。
 

1. 震災直後 ~パニックと非難判断~

私は2011年当時、学生で宮城県の沿岸部(比較的内地寄り)に住んでいました。地震発生時の3月11日14:46には、自分の部屋で宿題をしながら水槽に入った魚をぼーっと眺めていたのを覚えています。家には母と弟・当時飼っていた猫もいました。
 
地震は突然来ました。「少し揺れたかな?」と思った次の瞬間にすさまじい轟音。視界に入るすべてのものがガンガン揺れ・あちこちから音が鳴っていました。突然襲ってきた人生初の恐怖体験に私はパニック状態。必死で机にしがみついていました。震度7の揺れは強烈で、目の前の水槽の水は半分以下になっていました。幸い、勉強机に座っていたのでその時は転倒することはありませんでした。
 
一旦揺れが落ち着き、母・弟と「大丈夫!?!?」と叫びながら安否を確認していたのもつかの間…十数秒後、強烈な揺れがもう一度。立ち上がったところでふいに強烈に揺れたので足元がふらつき、慌てて壁にしがみつきました。揺れが強烈すぎて歩くこともままなりません。揺れた瞬間に危険な場所にいたら一巻の終わりの終わりでした…。
東日本大震災 (wiki調べ)
 ・2011/3/11に発生(冬)
 ・震源は宮城県沖
 ・最大震度 7 
 ・マグニチュード 9.0
 ・日本周辺における観測史上最大の地震
 ※宮城県で亡くなった方の数は約一万人、宮城県の人口が約200万人なので、実は県民の約0.5%の方が亡くなっています。行方不明者、負傷者を除いた数です。
 
二度目の揺れがおさまり、「また揺れるんじゃないか…」という恐怖の中、恐る恐るリビングに移動し家族の安否を確認。その後、家の中を慎重に確認しました。幸い、大きな棚は倒れていませんでしたが、割れた食器・倒れた家具・開いたクローゼットから散らばった洋服で家の中は滅茶苦茶。津波警報が鳴る中、飼い猫が見つからず、余震に怯えながら必死で探しました。この時間も本当にしんどかった…。なんとか飼い猫を見つけケージに入れ、一度は外に出たのですが、避難所(近所の小学校)まで避難すべきか一度冷静になって家族で話し合いました。
  
 「猫もいるし避難所じゃ大変かな…?」
 「幸い家は無事だし、海まで2-3km 離れてもいるし…」
 「キャンプ道具も豊富だし家の方が食料もあるね」
 「さすがにここまで津波は来ないのでは…?」

家族協議の結果、私たちは家に残ることに決めました。ちなみに携帯はずっと圏外で、もちろんTVも映らないので、情報源は町の警報と手回し充電できる防災ラジオのみ。しかも冬なので寒さ対策も必要でした。夕方には近所で数件火事があったようで、空にはモクモクと黒い煙が立ち込めていました。今思い返せば、まさに世紀末です。その日の夜は余震に怯えながら、家族みんなで一階のリビングで寝ました…。
地震直後
 ・携帯は圏外でTVも使用不可
 ・被災地は情報の入手方法がほぼない
 ・余震が怖くて思うように動けない
 ・手回し防災ラジオが唯一の頼り
※避難所へ避難すべきか、少ない情報・緊迫した状況下で判断する必要に迫られます。

ちなみに余談ですが…実は震災の前から、大きな棚の上には天井との隙間を埋めるように、棚の上に雑誌や靴箱を重ねて挟んでいました。地震でも大きな棚が倒れなかったのは、このおかげかもしれません。これは今でも自宅でやっています(写真はこちら↓)

大きな棚と天井の隙間に、靴箱二つと雑誌等をはさんで倒れないようにしています。
 
 

2. 地震の翌日 ~情報不足の不安~

翌日。「起きたら津波で家が水浸しなのでは…?」と不安でしたが、幸いそういった様子もなかったので、非常に安心した記憶があります。しかしながら、防災ラジオから断片的に聞こえる情報でまた不安が押し寄せて来ました。
 
 「○○地区では津波が到達」
 「○○地区では200名が死亡」
 「○○地区では1000人近くが行方不明」
 「福島原発が…」
 
しかしラジオの情報は音声のみ、しかも断片的なので状況が分わからず、「本当に津波来たのかな…?」と思っていました。初めて津波をしっかり認識したのは、地震発生の翌日PMに届いた新聞投函です。一面に津波の写真と被害状況が掲載されており、正直まったく理解が追いつきませんでした。急に親戚や友人の安否が心配になりましたが、連絡手段もなく、どうすることもできない…。夜には街の明かりが一つもないので、不気味なほど綺麗で透き通った満点の星空が頭上にありました。玄関から見る空なのに、初めて見る光景でした。
 
幸いなことに、我が家にはキャンプ道具が豊富にありました。ガスでお湯を沸かせることが非常にありがたかったです。後日近所の友人たちの話を聞くと、「電気ガスなしでお湯が沸かせたかどうか」が生活の快適さをかなり左右したように思います。しかも当時は3月、東北では雪も降っていましたし…。
 
そのまま夜は更けていき、ごはんを食べたら不思議と不安にも慣れてしまい、夜はキャンプ用のランタンとろうそくを使って弟と将棋やチェスをして時間をつぶしました。(そうそう、余震で倒れるので足の細いローソクは全く使えないんですよ…)「水も電気もないけど、あと何日これが続くんだろう…まあなんとかなるか…」という漠然とした不安な気持ちで二日目を過ごしました。
 
地震発生から翌日
 ・新聞で初めてハッキリと津波を認識
 ・明かりは懐中電灯、ランタン、ろうそくが頼り
 ・足の細いロウソクは余震で倒れそうで怖い
 ・星が驚くほど綺麗
※被災地はスマホもTVも使えないので、かえって首都圏の方が地震や津波の被害状況が分かっていたと思います。
 

3. 地震から数週間  ~停電・断水での生活~

結局、電気は二日目の明朝に復旧し、水は10日経ってから復旧しました。電気の回復が比較的早かったため、暖房器具が使えるようになり生活はかなり楽になりました。携帯の電波も回復し、親戚や友人に電話して安全を確認することもできました。ただ、断水が一週間以上続いたため、飲み水の確保が大変でお風呂にも入れず、つらい生活が続きました。一番きつかった思い出は、災害用トイレを使いまわして用を足していたことです。
 
しかしながら、思い返せば災害用トイレや保存食等の備蓄が我が家はしっかりされており、被災者の中ではかなり良い生活ができていたと思います。両親がしっかり備えていてくれたおかげです。ちなみに父はインフラ関連の仕事なので、しばらく家には帰ることができませんでした。
 
近所のスーパーでは、品薄ではありますが少しずつ食料が買えるようになってきました。「一人につき5品までOKです」という感じで購入品数に制限が設けられたのですが、幸い我が家は兄弟がいたので、購入できる品数が多く困りませんでした。自転車で少し遠出もできるようになったので、猫の餌も買うことができました。
 
地震発生から10日後、蛇口から水が出たときはとても感動しました。トイレも洗濯機もお風呂も使えることのありがたさを痛感しました。3月後半には学校にも行きましたが、もともと電車通学で自宅から16kmも離れていたので自転車を使いました。ところが、道路の一部は地割れや細かい瓦礫が多く、自転車がパンクしてしまいトボトボ歩いて帰った記憶があります…。(今思えば、ちょっとした登山くらいの距離ですね笑)
 
電車の復旧には1か月以上かかり、ガソリンは品薄状態でしたが、それでも時間の経過とともに着実にインフラも回復していきました。
地震発生から数日間の生活
 ・停電は2日で回復(地域差アリ)
 ・断水は10日で回復(地域差アリ)
 ・トイレに非常に困る(防災トイレ大事)
 ・スーパーで買い物可能。ただし購入品数が限られる
 ・移動は基本自転車(細かい瓦礫でパンクのリスクは高い) 
 

4. 震災から学んだこと ~今できることは? ~

まず、「地震直後を生き延びること」と「地震からの数週間を少しでも快適に生活すること」では、要求されることが全く違います。
地震直後を生き延びるために
 ・寝る場所に倒れてくるものを置かない
 ・居住地の津波リスク、避難場所を調べておく
 ・倒れたらマズイものには天井との間に突っ張り棒や雑誌を挟んでおく
被災期間を少しでも快適に生活するために
 ・食料確保
 ・飲み水確保
 ・防災トイレの準備
 ・防災ラジオの準備
 ・電気ガスなしでもお湯を沸かせる準備
 
こちら、私の防災バッグの中身↓

もちろん、手回し充電できる防災ラジオも入れています。mont-bell のものですが、今は発売されていないようです。これに加えて、着替えやタオルなども入れています。


よく「電気も水も使えないって、要するにキャンプだね」という方もいらっしゃいます。確かに、水・電気が不自由で携帯・テレビといった情報源が非常に限定的という点は似ています。
 
 
しかし、情報源が限定された状態で、「寝ている間に余震・津波がくるかもしれない」、「友人の安否がわからない」、「いつまで停電・断水が続くんだ」、「食糧計画がまるで立てられない」といった多くの不安にさらされる点は、キャンプと全く違うと感じました。
 

こうした不安は事前の準備である程度軽減できます。少しの準備がいざというときにとても頼りになるので、面倒くさがらず調べてみることを強くおススメします。

首都直下地震等による東京の被害想定(平成24年4月18日公表)
東京都総合防災部の公式ホームページ。東京都内の避難情報など災害に関する情報を発信するとともに、事前の備えや都の取組を紹介しています。
 
 

5. 大切な人へのプレゼントに防災グッズを贈るようになった話

こうした体験から、私は友人へのプレゼントで迷ったときは防災グッズを渡すようにしています。特に「手回しでスマホにも充電できるバッテリー長持ちタイプの防災ラジオ」は非常時に間違いなく役立つと思います。
防災ラジオを選ぶときのポイント
 ・手回しでスマホ充電可能
 ・防塵、防水で丈夫
 ・バッテリー長持ちタイプ
※安物はバッテリーの性能が悪く、数年で充電不可になることもあるそうです。バッテリー長持ちタイプを強くおススメします。
私が購入しているのはこれ↓

※2022/03/17時点で楽天のみ
 
amazonならこちらがバッテリースペック優秀です。


1000円~2000円台の安いものもありますが、安物はバッテリー劣化が早いため数年で使えなくなる可能性もるとのこと。バッテリーが優秀なものがおすすめです。最後の最後で商品宣伝のようになってしまいましたが…停電時の情報源として、スマホへの充電手段として、家にあれば確実に役立つはずです。あまり可愛いプレゼントではないですが、大切な人へ贈るにはよいものだと心の底から思っています。
 
いつか来る地震に備えて、少しでも準備を進めておきましょう。この記事が、読んでくださった方々と、皆さんの大切な人が救われるきっかけになれば幸いです。
 
以上、読んでいただきありがとうございました!
 
 
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